金環日食は近畿で見られるのは、282年ぶりだという。
だけど、小学生だったか中学生だったか‥その頃、ぼくは金環日食を経験している。もちろん日本の近畿での経験である。‥ヘンな感じだ。ぼくのあの体験はなにだったのだろう。
ぼくは忘れ物をして家に帰っていて、忙しかった(先生に叱られたのかもしれない)。ドタバタと忘れ物を掴むか握るかして、家を出た。そのとき家の前の木の影の部分の光が円で占められていた。現在、木洩れ日で金環日食を楽しみなさい‥といわれている、その木洩れ日のことだ。
当時のぼくはすぐに、針穴写真機の原理なんだなと思ったことを記憶している。だから、当時ぼくが小学生だったとしても高学年だったのだろう。
これ以外の記憶はない。何を忘れたのか、その後どうしたのかは記憶にない。だが、近畿で金環日食を体験しているということだけは事実だと思う。
というわけで、282年ぶりというのは、どうも腑に落ちない。
庭に雑草が生茂っている。いつかはきれいにしなきゃ!と思っているが、その度胸なり勇気がない。この雑草が半端じゃないのだから。
というのも。ぼくの性格がグータラで労働が好きじゃないということが基本にあるのだが、それ以上にわが家の特殊事情として、母の入院が一昨年、昨年と多く、ぼくも介護のため病室で過ごしたことがある。
この間に、雑草諸君がこの世の春とばかりにわが庭を占領してしまった。その都度、適切な雑草駆除の手当をしなかったわが身を責めるばかりだが、でも、現実的には仕方がないことだ!と居直るしかない。
さらに。雑草といっても憎らしいほど根をはっているのもあるが、でも、そのひとつひとつを見れば可憐な花を咲かす草である。雑草に覆われた庭を見ながら、生命の一回性に思いを馳せ、生命の刹那性を考えるということもある。
なんとかしなきゃいけない!と思ってはいるのだが、でも、愛しい雑草でもある。
今日は平年並み気温、暑くもなく涼しすぎることがない。五月のうららかな一日だった。
靭公園の位置を正確に知らないくせに、甘くみていた。反省一だ。
西梅田から地上に出て、肥後橋筋とでもいうのだろうか(御堂筋となにわ筋との間の筋)名前は知らない筋をひたすら南にむかった。だが、ビルばっかり。
母には「午後の紅茶」を母に与えていたものの、暑くはないものの陽射しは強いので脱水症がどうしても心配。で、途中出合った警備員さんに「靭公園はどう行けばいいのですか〜」などと訊くことになった。ちょっと恥ずかしい。
「ここを真っ直ぐ行って、右です。ただ‥500mほどもあるかなあ〜」と進行方向を指さす。ほっと安心。今までの歩行は正しかったのだ。ただ、距離を見誤っていただけのことなんだ。
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距離はあるものの左右のビルが見えている。ここが戦争中に滑走路だったのなら、相当に小さい飛行機だったのだろうなあ〜などと思いながら、ベンチで休んでいるサラリーマンさんを横目に西方向にぶらぶら。
戦争中は滑走路として使われていたとかで、靭公園は細長いことは知っていたが、南北に長いと思っていた。実際は東西に細長い公園だった。まったく大阪の基礎知識がないということだし、事前調査も不充分だったということだ。
やがて、バラ園。母が喜んだのはやはり、ここだった。
バラの花期は長いが、今はその最初のほうだろう。今にも咲きそうな蕾がいっぱいあって、さらにぱっちり咲いた花もいっぱい。萎んだ花や散った花は皆無。葉も同じだ。全体が「これからだ!〜」の感じで生き生きしている。
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桜のソメイヨシノは接ぎ木で増えていっているそうだ。で、テレビで知った知識だが、全国の‥全地球のソメイヨシノはDNA的には同じもので、個体差がないのだから、一斉に咲き、一斉に散るのだという。
(だけど、わが家の近くの中学校にはたくさんの桜があるが、毎年、早く咲き早く散る樹があるのも事実だ。これは、接ぎ木される山桜の樹の個体差によるものということになるのだろう。)
これが桜のある種の魅力になっていると思うと、妙なものだ。一斉に咲き誇る桜の姿が、いわば狂気に近い桜の魅力になっているということなのかなあ〜。
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バラもまた人工的な花だと思う。
あの色の多彩さ、大きさ‥種類の豊富さ! 今日の靭公園のバラ園にもさまざまなバラの表情があって、なにが好きなのかがわからなくなってくる。
もうひとつ。ある人から聞いた言葉だが、バラって草花ではなく「樹」なんですねえ‥ということだった。花は花、と思ってきたぼくには、ほう!と思うところがあった。これはどこか正解なんだろう。
「草の花」と「樹の花」とは、どこか本質的に違うものがあるということなんだろう。なんとなくわかるものの、これについて、ぼくは充分に言語化出来ない。
だが、たしかに、そして、どうしてもバラには人工の匂いがする。バラの表情に人工の感じるということなんだろう。結局、よくわからないのだが。
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靭公園のバラ園をうろうろして、母の疲れもあるかも知れないと思ったので梅田に帰ることとした。
この未曾有の原発事故の原因について。―――
地震によるもの、津波によるもの、原子炉の設計上の問題、東電の運用上の問題があるかもしれないし、さらには、危機管理といった政治も含めた大きな意味での原発運用に問題があるのかもしれない‥。
とまあ、さまざまなレベルでの原因追及がなされねばならないだろうし、そのプロセスは膨大な作業になるだろうと思う。だからかもしれないが今、これらへの答は、ぼくが知るかぎりなにひとつ出ていない。
出来るだけ早く出してほしいが、正しさがなにより重要だと思う。
(原発を持つ資格が日本にあるのか‥といったことにもつながってくると、ぼくは思う。)
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さて、「福島のあの地」に原発を建設したこと。このこと自体が、すでにミスだったという意見を今日、ぼくは聞き、そうだなあ〜!と思った。つまり、建設計画段階ですでにミスがあり、それが今回の事故の一因だったというのだ。
原発の所在地をネットで調べた。
(http://www.jaif.or.jp/ja/nuclear_world/data/f0301.html)
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日本における巨大地震の主要原因はプレート地震だということは、この間のテレビ報道でいやというほど知ったはずだ。「太平洋プレートが沈み込む‥」という言葉が耳についているほどだ。
日本は太平洋プレートとフィリピンプレートについて検索してみた。
(http://www5d.biglobe.ne.jp/~miraikai/nihonnopureito.htm)
専門的な知識はないのでこの地図を解析はできないが、でも、ニュースなどのニュアンスから大枠で、日本の巨大地震は太平洋岸に多いということはわかると思う。
さらに、日本における地震マップを検索してみた。
http://www.s-yamaga.jp/nanimono/chikyu/jishin-03.htm
あきらかに表日本(太平洋岸)に集中している。
津波は大きな地震とパラなものと見なせば、日本の多発地帯であり、同時に津波の多発地帯であるということになる。
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ぼくは何を言いたいのか。
原発を建設するにあたって、日本では少なくとも太平洋側に建設すべきではなかったのだ。活断層の上に原発があるなんて論外だが、それ以上にというか以上に、太平洋岸に原発を建設するのが間違っていたのだと思う。
太平洋岸にある原発は―――
・東通(Higashidori)原発
・女川原発
・福島第一原発
・福島第二原発
・東海原発
・浜岡原発
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福島第一の原発事故は、いわば起こり得るものとして起こったともいえる。つまり、計画段階からこの原発事故は、いわば予定されていたのかもしれない。
ぼくは、日本という国は「原発」を所有するだけの能力がなかったからではないか、と思っている。これはちょうど、北朝鮮という国が核兵器を所有する能力がないと思っているのと同じような意味においてだ。
東北大震災で原発が軒並みストップになり、関西(関電)の電力は50%ほども原発に頼っている。だから「関西では今年の夏、最大で16%ほども電力が不足するかもしれない。」。 えらいこっちゃ〜。
ま、こんなことで、大飯原発再開が話題になっている。
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だがしかし、「この夏の電力不足が心配だから、大飯原発を再開させたい」―――という理屈は、関電が原発を再開させたい本当の理由ではないらしい。
関電は「原発を再開させたいから、大飯原発を再開させたい」のだそうだ。
もう少し丁寧に言うと、「関西電力を存続させたいから、大飯原発を再開させたい」のだそうだ。
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関電の人たち(大飯原発再開派)と、原発再開慎重派との会合というか議論の場があり、何度も放映された。このとき、大阪維新の会の一員として古賀茂明さんが出席していた。
古賀さんの問に応えて、関電の人が言った。
「今年の夏の電力需給の問題とは別に、安全性が確認された原発は再稼働させていきたい」と。
こんな問答が2度ほどもあった。
ぼくがテレビ画面で直接確認したことだから間違いないことだ。
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なぜ関電は原発を再開させたいのか。
古賀さんの、その後の説明では―――
「関電の資産の多くの部分は、原発施設と核燃料である。原発再開が駄目になると、これらの資産がいわばゼロ化する」
―――と、これが大きなことだそうだ。
(さらに石油燃料で出資が膨らみ、このままだと、あと2〜3年で関電は企業として破綻に追い込まれることになるそうだ。)
なるほど!と、説明中にあった数字的にも腑に落ちることだった。
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ヘンな感じだ。
「関西では今年の夏、最大で16%ほども電力が不足するかもしれないから、大飯原発の再稼働したい。」―――と言われていたのは、一体、なになんだ?
(関電の人が「今年の夏の電力需給の問題とは別に、安全性が確認された原発は再稼働させていきたい」と言っているじゃないか。)
関電が悪いのか? マスコミが悪いのか?(マスコミの悪意を、ぼくは多少感じている。)
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関電が「実際の電力状況の詳細」を示さないのは、関電の根本的な腹黒さを感じるし(国会議員の人も東電に対して、同じことを言っていた)、「原発なしを仮定したうえでの電力供給の努力」を示さないのも、再稼働ありきの姿勢がミエミエでよくない。
(電力会社が腹黒いのはよくわかった。)
こんな姑息なことをせずに、たとえば関電なら―――
「原発がわが社の資産の約半分を占めている。だから、原発を再稼働させたい。でなければ、関電は数年で破綻しまうのです。」
―――と正直に言ってしまえばいいのではないか。
関電が破綻すればいい‥などと誰も思ってなんかいない。関西の企業も家庭もみんな関電(電力供給会社)のお世話になっているのだ。
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論点の整理がなされていないと思う。
(マスコミこそが論点の整理をすべき役割を負っているのだ。)
この夏の電力供給(の不足)の問題と、関電の存続の問題とはテーブルが違うんじゃないだろうか。発走電分離問題と原発の廃止存続問題とも語るテーブルが違う。これらをグチャッと一緒くたに語ることは、わけのわからないことになる。
ここから一見、ドスのきいたような言葉や、一見、シャープな言葉が生まれることがあるが、こういうのは大枠ではハッタリ以上のものではない。
アップルのスティーブ・ジョブズのドキュメンタリーをやっていた。この番組もそうだが、今までにも彼の偉大さは何度も報道されていて、「現代のレオナルド・ダ・ビンチ」とまで言われていた言葉があったほどだ。
異論はないのだが、ぼくが思ったことは「ヒットすることって実際は神の操る綱渡りのようなものなんだなあ」ということだった。
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「i-pod」はハード的には電子ウォークマン(あるいは半導体ウォークマン)にすぎないが、音楽の配信システムまで視野にいれていた。これが成功したということだが、これを根拠に「i-pod」の成功を事前にどれだけ確信できていたのだろう。
そもそも「ウォークマン」だって「録音できないテープレコーダー」なわけで、これを売り出したソニーはウォークマンの成功をどれだけ確信していたのだろう。
(革命的と言えば、「i-pod」より「ウォークマン」の発売と成功のほうが革命的だろうと思う。失敗のパーセンテージが「ウォークマン」のほうが大きいと思えるからだ。)
実際のところ薄氷を踏む思いだったに違いないだろうし、まったくヒットしない‥という状況だって充分に考えられたと思うのだ。
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紆余曲折あったものの、「i-phone」の大ヒットでアップル&スティーブ・ジョブズの神話は完成し、その直後にスティーブ・ジョブズさんは亡くなった。
「i-phone」にしろ「i-pad」にしろ、ハード的には携帯電話+PC(のネットワークの機能)にすぎない。‥というより、携帯のように持ち運ぶことができるPC(のネット機能)のニュアンスが強い。携帯の進化型というより、PCの進化型としての「それ」なのだ。
だが、それまでにも「携帯PC」は追求されていた。製品もいっぱいあった。だが、不思議なことにヒットしなかった。(ネットとの接続を充分に視野に入れていなかったのかもしれないが。)
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ビジネスにおける成功と失敗。どこが本質的なこととして違うのかと問うても、いろいろあったテレビ番組やドキュメンタリーのようなことになるだろう。結果から見た、一見、明白な原因のなかに解消されてしまう。
ぼくは度胸と幸運だとしか思えない。さらに、その「度胸」も「思い込み」とか「決めつけ」に近いものかもしれないと思っている。ただ、幸運を重ねていくこと‥たとえばスティーブ・ジョブズさんが、そこに居た。これだけだ。
スティーブ・ジョブズさんは立派な方だと思うし、アイディアも立体的だし豊富な人だと思うが、しかし、この人が成功と失敗の本質的な答を持っているとは思えない。成功に必要な条件は整えたが、これで成功に充分などとは思っていなかったと思う。
また、多くの他者(他社)も「成功に必要な条件」を整える程度のことはしているのだ。失敗が必然の製品をわざわざ発売するはずがないのだから。
大阪城の東の公園に行ってきた。大手門を大阪城の表とするなら裏側にあたる。
夏海さんのアドバイスで行ってみたのだが、思いのほかデッカい森で驚いた。
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ぼくは大阪城の大手門側は学校が近くだったのでよく知っているが、大阪城の東側は当時、見渡すかぎりの瓦礫の山だった。そのあたりは戦前、軍需産業地帯で米軍の空爆を集中的に浴びたというようなことだった。そして、そこに立ち入ることは許されていなかった。
開高健さんの小説で、この瓦礫の山に住みつき、鉄屑を集めて生活をしている人たちがいたことを知った。その人たちのことはアパッチと呼ばれていたそうだ。この呼称には漠然とした記憶がある。
この「瓦礫の山」が現在、高層ビルが立ち並ぶOBP(大阪ビジネスパーク)になり、大阪城公園のデッカイ森になったということだ。なんとなく、ほ〜!と思う。
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森の中とはいえ、車椅子が快適に動ける程度の舗装された道が木々の間を縫うようにはしっている。おかげで母とぼくは木陰を選びながら散策できる。樹木の下にはビニールシートを拡げお弁当を食べたり、禁止されているバーベキューをしている人たちがいる。
母とぼくはのんびりと、初夏のような春の一日の一部を大阪城の東公園で過ごした。
久しぶりに外出した。―――いつも思うことだが、大阪の街中では、なかでもキタはタバコを喫える場所がないので困る。
ミナミの街でも同じはずだと思うのだが‥。だが注意して見れば、サラリーマンの人たちが立ち止まってタバコを喫ってるし、前からやってくる学生風の男の子もタバコを喫っている。路上を見れば、あちこちにタバコの吸殻がある。さらに、ちょっと横道に入れば‥たとえば、道具屋筋などでは‥それぞれの店先に大きな灰皿が置いてあるのだ。ミナミの街はタバコを喫ってもいいのかもしれない。
ま、ともあれ。キタの街はよく知っているので、ちょっと我慢して駅ビルや地下街などに入って、喫煙場所まで行くことになる。
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今日もまた、街中を歩いたぶんだけのニコチンを補うために、ウメチカの所定の喫煙場所にいそいそと行き、重いドアを開けた。若い女の人が3人居て、ぼくが参加して4人。
ぼくが喫っている間に二人が出て行ったが、入れ替わるようにもう一人、喫煙者が入ってきた。この人も女性、ジーパンのまるで学生さんのような若い娘だった。
喫煙場所にもよるものの、若い女の子の喫煙者は想像以上に多い。ぼくはこのように感じている。
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「喫煙場所にもよるものの」と書いたが、喫煙場所の違いによってそこを利用する男女比が違うと思う。
大枠では―――。
たとえば10人以上も利用できるような大きなスペースの喫煙場所は男性が多い。こんなところでは女性がいたとしても一人か二人だ。
ところが、5人も入れば満員といった小さな喫煙場所は女性の利用者が多い。しかも、若い女性が多い。
今、気づいたが、オバン(中高年の女性の方)の喫煙者は、案外、少ないのかもしれない。ぼくが気づかなかっただけなのかもしれないのだが‥(失礼!)。
木嶋佳苗被告(37)とかいう、どう考えても美人ではない、というか、普通ですらない、正直な言い方をすれば「ブス」な女性のことが、テレビのワイドショーを賑わしている。
詳細は知らないが、解説によると、状況証拠的には彼女の犯行でしかないようだ。
(朝、起きてみたら外は雪景色。ということは、見ていなくても夜中に「雪が降った」のが真実である―――というような理屈として、彼女の犯行らしい。)
この事件そのものはクローズな世界での出来事である(考え方にもよるが、こう考えるのが普通だろう)。実際、ぼくにとってどうでもいい事件だし、だれでもそうだろう。でも人が3人も亡くなっていて、もし彼女が死刑なら4人もの死にかかわる事件でもある。
ぼくは裁判員でないし、ただ、傍観するしかないが、しかし、それにしても、木嶋被告の言い草には、唖然!の感じがある。
ぼくの知っている一次情報といえば画面をとおしての、木嶋被告のブスさ程度だ。そんなブス女の主張は、なんとまあ、彼女から別れ話が出たため、男性が自殺したという。よくもまあ言うなあ。
さらに、己のブスを補強するものとして、テクニックではなく「(性の)機能」そのものがいい? この「機能」が忘れれらない男性が自殺したと言うのだ。笑止千万。こんなアホな言葉を彼女は裁判所で言ったらしいのだ。
「機能」に関してはどんな言葉もないが、彼女のご面相とあのドデブ・スタイルから推してしかるべきものがある。まあ、話し方や声、態度などはわからないとはいうものの、自殺するほどの女とは到底思えない。
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高校時代、夜、友だちに誘われて西成に行ったことがある。カーバイトのX字の光に照らされたエロ本のいろいろが思い出される。
また高校時代は頭の中がエロ色に染まっていて、そのような本が授業中に、クラスの中をぐるぐる回っていた。みんな授業などそっちのけでエロい妄想がクラス中を回っていた。こんな男根時代を生きていたときでも、そのときの幻想の女性は少なくとも木嶋被告のようではなかった。人それぞれだろうが、もっと美人で、もっといい女だった。
女の機能? わからんといえばわからんことだが、劇的な、自殺しなければならないほどの「女の機能」なんて、高校時代のエロ本にすらなかった概念だ。
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ぼくが不思議に思うのは、木嶋被告の弁護士さんたちは弁護活動を行うにあたって、木嶋被告といろいろ話し合ったのだろう。そのとき、こんな戦後のエロ本にすらないような、エロ本以下のエロ話しを基本の下敷きにしよう、と話し合ったのだろうか。
よくわからない。もうちょっと、いい話しをしてもらいたいものだ。
今年は寒さが続いて桜の開花も遅いというが、しかし関西での桜の季節だけは去年とあまり変わりはないようだ。
今週の月曜日の9日に大阪城・西の丸公園に桜見物に行ってきた。ほぼ満開。目をこらすとプチッとはち切れんばかりの蕾があるとはいうものの、全体的には満開で天守閣がピンクの桜に浮かんでいる。母も喜んでいた。
去年は4月13日に同じ場所に行っている。ちらほらと散り始めていたが満開の印象は今年と変わらない。比較をするなら、今年が9分咲き、去年は11分咲き、といったところだ。
ぼくの印象では11分咲きの方がいいと思った。理屈的には、11分咲きの場合、それでも蕾はあるはずだしそれは開花するはずだ。つまり、落花初めは本当の満開期だ思うのだ。情緒的には、落下は空気まで桜色になる感じがあるということだ。
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今年はみんな桜を待ちわびていたいたらしく、庭園への入り口が別に作ってあって、ちょっとした人だかりになっている。入場券購入の順番を待っているのだ。母とぼくもその列に参加した。
係りの人がぼくと母を見て、身障者の人、お付きの人はいいです。さ、入って!と厳しく命令された。母は高齢だが身障者じゃないっ! ぼくたちは大阪市の住人ではないっ!と主張しようかとも思ったが、ああ、忙しい忙しい、早く仕事をサバかなあかん‥の迫力に圧されて、350円×2人=700円も儲かってしまった。大阪市の職員の方、ありがとう。でも橋下さんに叱られるよ。
庭園にはたくさんの人がいて、お堀の横の桜の木の下にビニールシートを敷いてお弁当を食べているのだがなにしろ巨大な庭園だ、混んでいる印象などまったくない。
母とぼくはノロノロと庭園を一周するコースを進んだ。普通に歩いても15分か20分ほどはかかるだろう。なのに、ぼくたちは車椅子だし、この桜がいいとか、お城が見えるこの風景がいいとか、走ってる子供が可愛いとか、いろいろ話しながらの車椅子歩行なので、まあ、40分から1時間ほどもかかっただろう。
一周ぐるっとまわって、これで今日の桜はなんとなく見終わった感じになる。それにあまり疲れてはいけないので、4月9日の桜見物は終わりになった。